2017年06月05日
TUBOJUNコラム
第29回 「納豆に恋して」
皆さま、こんにちは!唐突ですが、「食わず嫌い」なんて言葉がありまして、私にとっての食わず嫌いはトウモロコシでした。「でした」と過去形なのは食わず嫌いを克服したため。トウモロコシに対する以前のイメージはというと、BBQの時、誰も箸をつけず鉄板の隅で黒く干からびた悲しき存在。それが5年ほど前、ある居酒屋で口にした一切れのトウモロコシにより突然開眼。瑞々しい「甘々娘(かんかんむすめ)」でした。スイートコーンの季節到来。甘々娘を口にする日を今かと待ち望んでいるTUBOJUNです!
それまで好んで食べなかったのにある日突然開眼した食べ物がもう一つ。納豆です。幼少から最近に至るまで自宅の食卓に上ることはなく、納豆を食べる習慣もありませんでした。唯一といえば旅館の朝食に出た時くらい。「絶対に食えん!」ほどではありませんが、敢えて手に取ることはない存在。それが1ヵ月ほど前のある日、突然「納豆が食べたい!」となったのです。きっかけは全く無し。身体が欲したとしか言えません。その日はスーパーで買って帰り、以来毎日朝晩2食。その変化に自分でも驚いている次第であります。
ということで目下の楽しみはといえばスーパーに立ち寄り、ズラッと並ぶ納豆をあれこれと物色し、買って帰って食べ比べすること。日本人のソウルフードの如き位置付けである納豆。ナショナリズムが極めて希薄な私であっても、納豆という踏み絵を克服し、やっと日本人の仲間入りをしたような精神的な満足感も密かに得られました。しかし、元来凝り性である私。単に食べるだけでは物足りなくなります。四十も半ばにして納豆に恋した私。老いらくの恋は盲目。納豆のことをもっと知りたくなったのです。
で、早速図書館に行き、「納豆」をキーワードに蔵書検索すると・・、沢山ありますねぇ~。納豆に関する本を次々と手に取ってみます。しかし、大体は似たようなもの。納豆を健康食品の代表格と位置付け、美味しい食べ方、和食と発酵食品の素晴らしさなどを説く記述ばかり。やはり日本人のソウルフードとの意を強くする一方、納豆に対する割と画一的な捉え方に疑問を生じ始めたところに意表を突く一冊を発見。辺境を旅するノンフィクション作家高野秀行氏の「謎のアジア納豆」という本。これが面白いのです。
それによると、糸引き納豆をそのままご飯にかける的な食べ方が定番化したのは実はごく近年のこと。かつて納豆は食糧事情が比較的乏しい山間部の食べ物。基本的には各家庭で手作りするもので、糸を引くような上等な出来栄えになることは滅多に無く、そうでないものはすり潰して納豆汁にして食べるものでした。全ての納豆の原点は納豆汁にあり。出来栄えが良い場合は生で食べることもあるが、基本的には調味料(出汁)的に使用したのです。すり潰す場合、粘り気が少ない方が加工しやすいというのも理由かもしれません。いずれにしても同じ大豆の発酵食品である味噌や醤油ほど作るのに手間が掛からず簡単に(納豆は数日で)自家製出来るというのも日本のみならず広範囲に定着した理由でしょう。
しかし、味噌、醤油、インスタント出汁などが大規模に工業生産され安価に流通するようになると、調味料(出汁)としての納豆の役割は終わり、日本の大半の地域でいつしか納豆汁の食習慣は消滅。その一方で納豆自体も、1食分に小分けしたパックに化学的に抽出した純粋培養の納豆菌を振り掛けて発酵させるという工業生産により安価かつ大量に流通するようになり、日本の食卓に復活したのです。ということでご飯に納豆というのは日本人のDNAに刷り込まれたという程の歴史はなく、実は現代が生み出した食習慣なのです。
また、文化地理学者の佐々木高明氏らによって提唱された「照葉樹林文化論」によると、日本から東南アジア、ヒマラヤにかけて広がる照葉樹林帯には類似の植物利用が見られると同時に、それを利用した類似の文化が存在し、納豆も照葉樹林文化の様々な要素の一つとされています。実際に納豆は中国、タイ、ミャンマー、ブータン、ネパールなど東アジア各地に存在します。食文化が伝播したというよりは非同時多発的に発生したと考えられていますが、その食べ方はかつての日本と同様、生をそのまま食べるのではなく、すり潰す、乾燥させる、揚げる、香辛料と混ぜるなどして保存が可能な調味料的に食されているのが大半なのです。
商業的に流通する以前の納豆は、比較的食糧事情に乏しかった時代の山間部の食べ物であり、東アジアでも同様であることから本来は「辺境」の食べ物なのでしょう。また地理的にいえば日本は東アジアの中での辺境に位置します。「物事の本質は得てして中心より末端(辺境)にこそ宿る」の法則の通り、現代の日本人の食卓に上がる納豆は、山村の貧しい辺境食から始まり多様化したでものではなく、一つの洗練された食品として純化されたものなのでしょう。それがシンプルを真髄とする和食の価値観にマッチし、日本人の朝食の定番として定着した今、日本固有の伝統食品ではないにしてもやはりソウルフードと呼ばずして何と言えましょうか。
ということで、元来凝り性である話に戻り、食べる・知るだけでは物足らず、納豆を自分で作ることを目論んでいます。まずは市販の大豆と納豆菌(数百円で売っている)を使いスタートします。家庭菜園もやっていますから、第二弾としては大豆の栽培にも手を広げます。第三弾としては純粋な納豆菌を使わず稲藁(に限らず枯草菌の一種である納豆菌は自然界のあらゆる植物に付着している)で発酵させるステージまで至る。もともと、自家栽培の野菜や果物でぬか床、梅干し、塩レモンなど発酵食品は作っていますし。そんな「マイ納豆」。どう考えてもスーパーで売っている納豆より割高ですけどね!
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