2017年09月04日
TUBOJUNコラム
第32回 「固茹で卵の夏」
皆さま、こんにちは!子供の頃、楽しい夏休みも終わりに近づくと憂鬱な気分が高まるものでした。原因はもちろん手付かずの宿題。夏休み最後の2~3日は親に怒られながら半泣きで宿題に取り組んだ。私だけでなく多くの方々にも苦い記憶として残っていることでしょう。私が最も苦手としたのは何と言っても読書感想文。もともと本を読むのが好きではなく、文章を書くのはそれ以上に苦手ですから。夏休みも終わりに近づくにつれ母親に怒られながら腑抜けた表情で渋々宿題をやっている小学生の我が子を見てそんなことを思い出した、気分は今年で小学40年生のTUBOJUNです!
そんな訳で特に子供の頃の読書経験に乏しい私ですが、夢中になって読んだ本も多少はあります。中学に入ったばかりの頃はポプラ社の怪盗ルパンシリーズを図書室で借りて片っ端から読んだものです。中学も上級生になると父親の本棚に並ぶ推理小説にハマります。特にハマったのは西村京太郎のトラベルミステリーである十津川警部シリーズ。高校生になるとやはり父親の本棚に並ぶ北方謙三のハードボイルド小説にハマります。その他にも大藪春彦、大沢在昌、逢坂剛、原尞といった日本のハードボイルド作家を堪能。酒の味も分からないのに「ケンタッキーのバーボンが俺の喉を焼く」みたいな表現に酔ったものです。いずれも現在ならミステリーと呼ばれる分野の本でした。
社会人になると、定番的な自己啓発本や歴史小説も嗜むようになり、ノンフィクションや難解で哲学的な本も読むようになりました。社会人としての常識ぐらいは身に付けないとと、今振り返ると、楽しむというより何かを得ようとする目的での読書に変化したように思えます。ある意味、「読まなければいけない」という強迫観念。そこには本を読む楽しさはありません。ということでこの夏休み、私は童心に返りミステリー小説を純粋に楽しむことを自身の宿題に課したのです。ミステリーの中でも主流ではなくなったというより、今や死語になりつつあるハードボイルドを。日本人作家はある程度読んだものの、海外のハードボイルド作家は何故かほぼ手付かず。となれば御三家の古典しかないでしょう。
選んだのはレイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」、ロス・マクドナルドの「動く標的」、ダシール・ハメットの「マルタの鷹」の3冊。いうまでもなくハードボイルドのルーツたる古典であり、いずれも傑作と呼ばれる3冊です。その3冊を夏休みの6日間、気に入った箇所は何度も戻りつつ舐めるように味わって読む。いやはや酔いしれました。アルコールに酔うのと似た、時間を忘れて楽しむ感覚。本を読むという行為で味わうのは久し振りです。ヒリヒリとした乾いた文体に漂う独特の叙情感。主人公のストイックな行動と粋なセリフ。ミステリー中の一つの分野といっても、若かりし頃の私はストーリーやプロット云々より、文体やスタイルとしてのハードボイルドに惹かれたのでしょう。十代のトキメキが甦る。
ハードボイルドの直接的な語意はその言葉通りhard(固く)boiled(茹でられた)卵のこと。細かな語源は諸説ありますが、アメリカ人が好む「固茹で卵」は俗語表現で「食えない奴」「手ごわい奴」の意味を持ち、そこから転じてハードボイルドは、感情に流されない、強靭な、妥協しない人間の性格を表す言葉となったようです。一言で表すなら「タフ」だということ。レイモンド・チャンドラーの小説に登場する主人公フィリップ・マーロウの「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」はハードボイルド小説の中で最も有名なセリフであり、かつ、ハードボイルドとは?という問いに対して最も象徴的に表現するセリフかもしれません(もっともこれは訳語でありマーロウは原書ではtuffではなくはhardと言っている)。
しかしながら読んでいて思ったこと。フィリップ・マーロウ(ロング・グッドバイ)にしても、リュウ・アーチャー(動く標的)にしても、サム・スペード(マルタの鷹)にしても堪らなくカッコいい。でも、そんな人間いないよ!!と。ハードボイルドがエンターテインメントとして成り立つのは、結局はどこか遠い世界のお話だからです。いうなれば男のファンタジー。ハードボイルドのヒーローたちはタフな内面を持ち、全てを自己責任で行動する。それは遠く去った時代のオールドスクールな理想像。現実世界でそんなハードボイルドな振舞いをしたら自己耽溺に堕した時代遅れのドン・キホーテと揶揄されるに違いありません。
また、ハードボイルドといえば比喩を効かせた粋なセリフ。それも現実の日常会話では絶対に登場しません。仕事を終えて帰路につくある日の夕方、街で旧友を見た。最後に会ってから十年は経つが、昨日のことのような鮮明な一つの記憶が彼との間にはある。目が合うと「久し振りに一杯どう?」と言いながら彼は近付いてきた。一つの記憶が白黒からカラーに変わる。俺はくわえていたタバコの煙の行方をしばらく目で追った。街の喧騒に煙は溶け込む。煙と一緒に記憶も全て溶けてくれたらいいが。煙を追う視線の先にいる彼に向って俺は言った。「ギムレットには早過ぎるね」な~んてハードボイルドで返したら、「はあ~!?(怒)」だもんね、普通。
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